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小児固形腫瘍を制御する標的分子の同定

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小児固形腫瘍を制御する標的分子の同定
 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)
139. 小児固形腫瘍を制御する標的分子の同定
滝田 順子
Key words:SNP アレイ,次世代シークエンサー, 神経芽腫,横紋筋肉腫,エクソーム解析
* 東京大学 医学部附属病院 無菌治療部
緒 言
小児がんは成人がんと比較すると稀ではあるものの,本邦の小児死亡原因の主要因を占めている.小児がんの約
70%を占める小児固形腫瘍は大部分が難治性であり,この 30 年間で治療成績の向上は殆どみられない.従って,小児
がんの征圧のためには小児固形腫瘍の予後改善が急務と考えられる.本研究では小児がんの克服を目指して,SNP ア
レイおよび次世代シークエンサーによる革新的な大規模ゲノムスキャンニング技術を用いて,難治性固形腫瘍の代表で
ある神経芽腫,横紋筋肉腫および Ewing 肉腫の統合的ゲノム解析を行い,発症や進展を制御する標的分子の同定を試
みた.
方 法
難治性固形腫瘍の代表である神経芽腫 (NB),横紋筋肉腫 (RMS) および Ewing 肉腫 (ESFT) の統合的ゲノム・エピゲ
ノム解析を行い,発症や進展を制御する標的分子の同定を試みた.具体的には,次世代シークエンサーを用いて,1)
全エクソン領域の exome 解析,2) ポリコーム群遺伝子を標的としたシークエンスキャプチャー,3) メチル化領域の網
羅的解析を行った.解析検体は東京大学医学部附属病院小児科で保存されている連結可能匿名化済みの腫瘍検体(NB
100 例,RMS 50 例,ESFT 4例)と患者の正常検体より抽出した DNA および RNA を用いた.
1.次世代シークエンサーによる exome 解析
exome 解析のサンプル調製には腫瘍と正常のゲノム DNA 1–1.5μg を用い,メーカープロトコールに従い,調製を
行った.その後アダプターを連結し PCR を行った後,AgilentTechnologies 社の SureSelect Human All Exon 50 Mb
または SureSelect Human All ExonV4 (Agilent Technologies, Inc., Santa Clara CA) を用いて,全ゲノムから標的領域
の抽出を行った.シーケンサーは Illumina Hiseq2000 (Illumina, Inc., San Diego, CA) を使用した.解析検体は NB 4
例,RMS 16 例,EFT 4例とした.
2.ポリコーム群蛋白 (PcG) のターゲットキャプチャー
PcG 群複合体,トリソラックス群複合体は,Hox 群遺伝子,細胞増殖機構,造血および神経幹細胞の自己再生機能
のエピジェネティック制御に関与している 1).NB の発症にこれらのエピジェネティック関連遺伝子が関与しているか
否かを検討するために,進行 NB 24 例を用いて 80 遺伝子におけるターゲットキャプチャーを行った.
3.SNP アレイを用いた横紋筋肉腫における網羅的ゲノム解析
RMS のゲノムに生じているゲノムコピー数の網羅的解析を行うために RMS 46 検体を用いて,GenChip 50K/250K
アレイ解析を行った 2,3).腫瘍検体より抽出したゲノム DNA を適切な制限酵素で消化し,断端に共通のアダプターを付
加した後,PCR により増幅した.PCR 産物を精製し biotin ラベルをした後,GenChip 50K/250K アレイ上でハイブリ
ダイゼーションを行った.我々が開発した CNAG/AsCNAR アルゴリズムを用いてデータを分析した.
*現所属:東京大学 大学院医学系研究科 生殖・発達・加齢医学 小児科
1
結果および考察
1.次世代シークエンサーを用いた exome 解析
NB 4例(全例 stage 4),RMS16 例(転移,再発例3例を含む)および ESFT 4例 (遠隔転移例3例,局所限局例
1例) につき,次世代シークエンサー(イルミナ社 HiSeq200)を用いてエクソーム解析を行った.解析した神経芽腫4
例中2例は再発例であり,初発時と再発時両方の検体について解析を行った.
シークエンスされた全エクソン領域のうち 84.6%は 20 回以上の depth が得られ,変異解析を行うデータ量としては
十分と考えられた.検出された somatic 変異は成人がんと比べると少数であり,4-21 個で平均 11.6 個であった.NB,
RMS と比較して ESFT ではいずれの症例も変異が少ない傾向がみられ,また再発腫瘍は初発腫瘍に比べて変異の数が
多い傾向であった(図1).これらの変異の中には細胞周期,ユビキチン化,神経の分化に関与する転写因子などが含
まれており,腫瘍の発症との関連性が示唆された.RMS において最も頻度が高い変異は TP53 で,germline 変異も含
めて4例(26.7%)に変異を認めた.特記すべき点として,個々の遺伝子変異の頻度は少ないものの,16 例中7例で
PI3K 経路の活性化につながる変異が集中していることが分かった.また,胎児型 1 例,胞巣型1例でどちらもエピジ
ェネティック関連分子である ARID1A のフレームシフト変異を認めた.さらに RMS50 例を用いて,候補標的分子に
関して deep sequencing を行い,変異の頻度の検証を行ったところ,PI3K 経路の変異が 48%に検出され,この経路は
治療の標的になりうると推測された.
図 1. 横紋筋肉腫 16 例における,エクソーム解析で検出された体細胞変異の数と内訳.
胞巣型,胎児型,分類不能型の順で表わし,ミスセンス変異,ナンセンス変異など,変異の種類は脚注に示すよ
うに色分けされている.
2.ポリコーム群蛋白 (PcG) のターゲットキャプチャー
PcG 関連遺伝子群計 80 個につき NB24 例を用いて次世代シーケンサー (Illumina) によるターゲットキャプチャーを
行った.検出された変異の検証には正常組織が得られた 50 例の正常 DNA とさらに NB96 検体を用いた.その結果,
再発腫瘍2例において,トリソラックス群複合体の一つである ASH1L の変異を検出した(表1).NB96 検体を用いた
変異の検証では,新鮮腫瘍の 7.5%,細胞株の 10%にこの遺伝子の変異を検出した.さらに新鮮腫瘍を用いた ASH1L
2
の発現定量解析では,stage 1群と比べて,stage 4群の腫瘍において有意な発現低下が検出された (p=0.005).以上の
結果から,ASH1L は NB の発症・進展に関与する標的分子の一つである可能性が示唆された.
表 1. 神経芽腫で検出されたエピジェネティック関連遺伝子の変異
3.横紋筋肉腫における網羅的ゲノム解析
胎児型では2,8,12 番染色体の増幅が遺伝学的胞巣型と比べ有意に多く認められたことから,胎児型と遺伝学的
胞巣型(融合遺伝子陽性の胎児型を含む)ではゲノムプロファイルが明らかに異なることが判明した(図2,3).一
方全体的なアレル不均衡のパターンは両者に大きな違いがなく,11 番染色体の LOH は遺伝学的胞巣型でも胎児型と同
等に高率に認められた.予後との相関では,胎児型において 13q の増幅が予後良好群に有意に多く,新たな予後マー
カーとなる可能性が示された.本研究では RMS において新規の高度増幅領域も検出され,そのうち胞巣型2例に重複
して認められた高度増幅は 13q33 の IRS2 を含む領域だった.機能ドメインの変異解析では,新鮮腫瘍には変異を認め
なかったが,RT-PCR による発現解析では胞巣型で 80%,胎児型に 50%と高頻度に発現を認めた.今回新たに高度増
幅が検出された IRS2 は IGF 経路の構成要素で,がんのアポトーシス抵抗性の機構や乳がんにおいて転移に関わること
が報告されている 4).また過剰発現すると IGF-1 を介した AKT の活性化を引き起こし,ヒト NB 細胞株においてグル
コース誘導性アポトーシスを抑制したり,CASPASE3 の切断を抑制する BAD のリン酸化を誘導することが示されて
いることから 5),RMS の候補標的分子の一つである可能性が示唆された.
3
図 2. 高密度 SNP アレイで検出された横紋筋肉腫新鮮腫瘍のゲノムコピー数変化.
増幅領域は染色体図の上部に赤線で,欠失領域(コピー数1)は下部に緑線で示し,その横線1本が1症例の結
果を表している.各染色体の左に示すスケールで各グループ内での頻度を示す.この図は細胞株のコピー数デ
ータは含んでいない.(A) が胎児型 21 例,(B) が遺伝学的胞巣型 14 例の結果を示す.
4
図 3. 横紋筋肉腫遺伝学的胞巣型 14 例,胎児型 21 例,分類不能型1例,組織型不明3例,細胞株7例におけるゲノム
コピー数変化とアレル不均衡の全体図.
コピー数データは新鮮腫瘍と細胞株に分かれており,新鮮腫瘍は更に各群別にまとめた.横のラインは 1–22 の
各染色体,縦のラインが各症例のデータを示す.コピー数変化,アレル不均衡は凡例に示すように色分けし,各
群内でクラスタリングを行った.症例の名前,臨床情報は上部に示した.1IRS2,GPC5,ALK の高度増幅につ
いて,それぞれ青,緑,赤の矢印で表わし,病理組織診断,転帰は凡例に示すように色分けした.性別の M,
F はそれぞれ男女を意味し,融合遺伝子の 3,7,N,U はそれぞれ PAX3-FOXO1,PAX7-FOXO,negative,
不明を示す.この図は CNAGgraph ソフトウェアを用いて描画した.
文 献
1) Richly, H., Aloia, L. & Di Croce, L. : Roles of the Polycomb group proteins in stem cells and cancer. Cell
Death Dis., 2 : e204, 2011.
2) Nannya, Y., Sanada, M., Nakazaki, K., Hosoya, N., Wang, L., Hangaishi, A., Kurokawa, M., Chiba, S., Bailey,
D. K., Kennedy, G. C. & Ogawa, S. : A Robust algorithm for copy number detection using high-density
oligonucleotide single nucleotide polymorphism genotyping arrays. Cancer Res., 65 : 6071-6079, 2005.
3) Nishimura, R., Takita, J., Sato-Otsubo, A., Kato, M., Koh, K., Hanada, R., Tanaka, Y., Kato, K., Maeda, D.,
Fukayama, M., Sanada, M., Hayashi, Y. & Ogawa, S. : Characterization of genetic lesions in
rhabdomyosarcoma using a high-density single nucleotide polymorphism array. Cancer Sci., 104 : 856-864,
2013.
4) Kim, B. & Feldman, E. L. : Insulin receptor substrate (IRS)-2, not IRS-1, protects human neuroblastoma cells
against apoptosis. Apoptosis. 14 : 665-673, 2009.
5) Stöhr, O., Hahn, J., Moll, L., Leeser, U., Freude, S., Bernard, C., Schilbach, K., Markl, A., Udelhoven, M.,
Krone, W. & Schubert, M. : Insulin receptor substrate-1 and -2 mediate resistance to glucose-induced
caspase-3 activation in human neuroblastoma cells. Biochim. Biophys. Acta, 1812 : 573-580, 2011.
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