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No.10 - みずほ総合研究所

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No.10 - みずほ総合研究所
2003年4月14日号
イラク復興
No.10
国際社会の参加が不可欠ななか、着々と布石を打つ米国(江間)
IMF 国際金融安定報告
米国住宅関連 GSE に警鐘(西川)
米議会予算局試算発表
ダイナミック・スコアリングは「期待はずれ」?(安井)
米 CRA にみる「リレーションシップバンキング強化策」の功罪 融資の量的拡大と
健全性・収益性とのトレードオフ(小野)
イラク復興
国際社会の参加が不可欠ななか、着々と布石を打つ米国
イラク戦後に必要な取り組みとして、統治機構の再建と復興事業の実施のふたつがあげら
れるだろう。統治機構の再建面でイニシアティブを握ろうとする米国の動きが目立つが、復
興面をみれば、巨額の復興コストを米国単独で担うことはできず、国際社会の参加が必要と
なるのは明らかである。
統治機構の再建と復興事業の実施は密接に関連しあったプロセスであり、今後、米国はフ
セイン討伐者としての特別の地位をバーゲニング・パワーとして使いながら、イニシアティブ
の最大化を図ろうとするだろうが、国際社会の負担参加を引き出すための譲歩も避けられな
くなるだろう。
巨額のイラク復興コスト
まず、イラク戦後の復興コストについて概観しよう。
いずれも米国の民間機関である Center for Strategic and International Studies(CSIS)1、
Center for Strategic and Budgetary Assessments(CSBA)2、Policy for Taxpayers for Common
Sense(TCS)3などがレポートをだしているが、それらを総合すると、合同軍の駐留費用や油田
開発費用を除いて、次のような諸コストを考えておく必要がありそうだ。
1
2
3
CSIS ”AWISER PEACE:AN ACTION STRATEGY FOR A POST-CONFLICT IRAQ, SupplementⅢ:Cost of Reconstructing
Iraq”, February 28,2003.
CSBA ”POTENTIAL COST OF A WAR WITH IRAQ AND ITS POST-WAR OCCUPATION”, February 25, 2003
TCS ”SHARING THE BURDEN: MORE INTERNATIONAL SUPPORT NEEDED TO PAY FOR WAR AND POST-SADDAM IRAQ”, March
24, 2003
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まず、道路や橋、建築物などのハードインフラの再建・整備費用である。CSBA は少なくて
も 100 億ドル、第2次世界大戦後に米国が欧州に対して行ったマーシャルプラン級を想定す
れば 1,050 億ドルが戦後 5 年間に必要になるとみている。Yale 大学の W.D.Nordhaus 教授も
昨年 10 月末のレポート4のなかで 250∼1,000 億ドルという見通しを示しており、両者は最大
で 1,000 億ドル規模という点でほぼ一致している。
次に、イラク国民への食糧、医療品支給などの人道支援費用である。CSBA は戦後 5 年間に
10∼100 億ドルが必要とみているのに比べ、TCS は戦後 3 年間に 90∼360 億ドルとさらに多額
の費用を想定している。
第三に、行政や警察・司法などを機能させるための費用が必要である。既存のイラク政府に
は約 22 の省庁と 18 の地方行政区があるが、CSBA はイラクの公務員や警察官の給与などとし
て戦後 5 年間に 50∼120 億ドルが必要になるとしている。一方、CSIS は食糧配給、電気・上
下水などライフラインの確保、保健、教育などの実施や政府機関への外国人アドバイザー約
1,000 人の配置などのために戦後 2 年間に 7 億 1,000 万ドル、司法機能の回復のために戦後 2
年間に 5,500 万ドル、警察機能の回復のために戦後 2 年間に 4 億 5、400 万ドル、教師の雇用
のためには毎年 2,250 万ドルが必要としている。
第四に、CSIS はアフガニスタンのロヤ・ジルガのような国家再建のための「国民会議」の
開催が必要として、費用 5,000 万ドルを挙げている。同種の会議は、先日の北アイルランド
における米英首脳会議でも「Constitutional Assembly」として戦後 9 か月目に開催すること
が合意されている。
第五に、イラクの対外債務の処理がある。CSIS によれば、イラクの対外債務は、現在、最
大で 3,832 億ドルに達するという(図表1)。この規模の債務履行を含めることにすれば、
イラクの戦後復興コストは一気に膨れあが
図表1 イラクの対外債務(複数ソースを合成)
る。ただし、この総額のなかには、イラン・
イラク戦争時にサウジアラビア等から受け
た贈与であるとイラクが主張している約
300 億ドルや、期日経過利息 470 億ドル、91
年湾岸戦争時の賠償金として請求されたが
決着が付いていない 1,720 億ドルなどが含
まれ、これらの取扱いをどうするかによっ
て規模は変わりうる。このため、CSBA は最
小で 620 億ドル、最大で 3,610 億ドルとし
ている。CSIS は、債務リストラ会議の開催
が必要として、そのための費用 2 百万ドル
を挙げている。
期間の違いなどがあるため簡単にくくる
わけにはいかないが、以上を総合すると
4
(単位:億ドル)
総計
借入債務
クウェート
その他湾岸諸国
ロシア
ブルガリア
ポーランド
トルコ
その他諸国
未払利息等
賠償債務
合意済み未払い分
未合意分
契約債務
ロシア
その他諸国
3,832
1,270
170
300
120
10
5
8
187
470
1,990
270
1,720
572
520
52
基準年1992
2002
2002
1998
1998
1990
2002
(資料)CSIS, "A Wiser Peace: An Action Strategy
for a Post-Conflict Iraq, Supplement Ⅰ"
William D. Nordhaus, Yale University “The Economic Consequences of a War with Iraq”, October 29, 2002
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CSBA が示している戦後 5 年間で 840∼4,980 億ドルという見積もりが、平均的なところなの
ではないかと思われる。
誰が負担するのか
このように巨額のイラク復興コストをどのように捻出するのだろうか。
まず、イラク政府の在外資産を接収して充当することが考えられている。米国では既に 17
億ドルが凍結されたという。また、世界全体では、米国分を含めて 55 億ドルのイラク政府資
産があるという。ただし、一見して明らかなように、復興コストをカヴァーするには遠く及
ばない。
次に、米国内を中心に、イラクの石油収入を復興費用に遣えると期待する意見がある。確
かに、イラクはサウジアラビアに次ぐ世界第2位の石油埋蔵国であり、何もなかった第2次
世界大戦後の日本やドイツとは大きく異なる。
しかし、少なくとも、この先数年は石油収入に多くを期待できないだろう。まず、現状の
生産量で考えた場合、国連の Oil-for-Food プログラム5に基づいて石油収入(年間 130 億ド
ル弱)の 72%を人道支援費用に充てると、復興費用として遣えるのはせいぜい年間 30∼40 億
ドルでしかない。生産量を増やせば、もっと多額の資金が捻出できると考えられるが、その
ためには投資を先行させなければならない。イラクの油田は潜在力はあるものの、91 年湾岸
戦争以来投資不足が続いているためである。例えば、戦争前の生産量に復旧するだけでも約
50 億ドルを要するという。また、イラクのピーク生産量である 77 年の日量 350 万バレルの
レベルに回復させるためには 50∼70 億ドル以上の投資が必要とされる。さらに、現在確認さ
れている埋蔵量を採掘可能にするためには 400∼500 億ドルの投資が必要といわれる。
そこで、復興コストは外部から注入されねばならない。
米国はイラク戦後体制構築を自国のイニシアティブのもとで進めたい意向のようだが、復
興コストの負担能力は限定的といわざるを得ないだろう。1998 年度にようやく黒字に転換し
たのもつかの間で、2002 年度の米国の財政収支は 1,580 億ドルのマイナスに陥った。議会予
算局(CBO)の見通しでは、今年度(2003 年度)の赤字は 2,460 億ドルにまで拡大する。中
期的な財政収支見通しも大幅に下方修正を余儀なくされており、ブッシュ政権が提唱してい
る十年間で 7,260 億ドルという経済対策についても、イラク戦争関連のコストが嵩めば大幅
に圧縮せざるを得ないという見方も議会を中心にあがっている。
米国は国際社会によるイラク復興コスト負担に期待せざるを得ない状況にあり、そうなれ
ばイラクの戦後統治体制へのイニシアティブもその分小さくならざるを得ないだろう。
復興ビジネスを誰が請け負うのか
ただし、こうしたなかでも、すでに米国は有利なポジションを獲得しつつあるように思わ
れる。米国国際開発庁(USAID)は、これまでに8件のイラク関連事業を発表し、そのうちの
2件がすでに米国企業に発注されることが決まった(次頁、図表2)。殆ど無競争で米国企
業が指名されたため「イラク復興事業の米国独り占め」を警戒する声が高まったわけだが、
5
イラクの石油収入を国連が管理し、72%を人道支援費用に、25%を 91 年湾岸戦争の賠償に、残りを国連のイラク
関連活動費用に充てるというもの。
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図表2 米国際開発庁(USAID)のイラク関連事業
南部の要港ウム・カサル港の復興管理
関であり、米国財政資金 港湾管理
(米SSA社受注
インフラ整備、保健、教育、農業など幅広い分野で
を投じておこなう事業を 人的支援
(米IRG社受注
の復興事業の計画・調整・管理の実施
米国企業に発注すること 戦域輸送支援
物資保管、通関手続き、トラック輸送、飲料水補給
戦災にあった電力施設、上下水施設、衛生設備、道
は、「Buy-American」規 社会資本建設
路、橋梁、病院・学校などの公共施設、灌漑設備、港
制の例をひくまでもなく、
湾設備などの建設(約6億ドル)
空港管理
人道援助や物資輸送の円滑化のための空港整備・管理
米国政府の裁量に属する 公共衛生
公共衛生の再建・支援など
初等・中等教育のレベルアップ支援、教科書印刷、教
事柄だろう。実際、米国 教育
師育成など
民の間には、「tax-money 地方自治
イラク人の自治復帰に備え、地方レベルの自治参加
(資料)USAID
で行われる事業は米国企
USAID は米国国務省の機
業に発注して当然」とする声が高い。
ただし、本当の問題は、米国企業が、こうした受注を通じてイラク復興の各分野で先鞭を
つけることで、事実上の優位を先取りしていることだろう。USAID の8つの事業は、前に見
た復興事業の規模に比べれば小さく、戦争遂行上必要なものや、戦後すぐに必要になる応急
的なものが中心になっている。しかし、電力、水道、交通から教育までの広い分野にわたっ
ており、こうした分野で先駆的におこなわれる USAID の事業が、その後の本格的な復興事業
の進め方や規格のスタンダードを決める大きな要素になるのは間違いないだろう。そうであ
れば、USAID の8事業を米国企業が担うことになった時、その後の復興事業でも関連の米国
企業の役割は大きくなることが予想される。
(理事
国際調査部担当
江間
彰夫
e-mail:[email protected])
IMF「国際金融安定報告」(2003.3.28)
米国住宅関連GSEに警鐘
米国では、長期金利の低下が一服し、住宅市場の成長余地にも限界が見え始めている。こ
うしたなか、IMF は 3 月 28 日に発表した国際金融安定報告(Global Financial Stability
Report ) で 、 金 融 市 場 の 安 定 を 脅 か す 不 安 定 要 因 と し て 米 国 の 住 宅 関 連 GSE
(Government-Sponsored Enterprises、連邦政府支援機関)が持つ金利リスクに警鐘を鳴ら
している。IMF は 4 月に公表した世界経済見通し(World Economic Outlook) では、住宅バ
ブル崩壊の影響を大きく取り上げており、住宅市場をめぐる環境変化に対する警戒モードは
一段と強まっている。
リスク回避志向の高まりが生んだ新たなリスク
「報告」では、2000 年の株式バブル崩壊後、世界的にリスク回避志向が強まり、①家計の
現金選好、②金融機関や機関投資家の国債および GSE 発行債券への資金シフト、③米国にお
けるモーゲージ担保証券(MBS)市場の拡大、といった形で低リスク資産への資金再分配が生
じたことを指摘している。特に、明示もしくは暗黙の政府保証が付されている MBS は国債と
の代替性が高まっており、折からのリファイナンスブームも追い風となって市場規模が急拡
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大、90 年に市場性米国債の半分以下だったその規模は、02 年 9 月末時点でほぼ肩を並べるま
でに達している(図表3)6。
図表3 米国の主要市場規模
(億ドル)
米国債
社債
モーゲージ
住宅用
貸出債権 MBS
90年
2002年
倍率%
23,396
34,149
1.5
17,057
62,078
3.6
38,079
84,814
2.2
29,082
69,598
2.4
18,321
30,430
1.7
10,761
39,168
3.6
公的MBS 民間MBS
10,198
563
31,583
7,585
3.1
13.5
(注)1.公的MBSは住宅関連GSEが、民間MBSは民間の特別目的事業体が発行。
2.数値は各年末値、倍率は02年/90年。
(資料)FRB「Flow of Funds Accounts」
通常、債券の価格と金利の間には、「金利低下時の価格上昇幅」が「金利上昇時の価格低
下幅」を上回る関係があるが、MBS はモーゲージの期限前償還によって、金利上昇時の価格
低下幅が増幅されるリスク(コンベクシティ・リスク)がある。このリスクをヘッジする際
には通常は米国債の売却を伴うことから、MBS の金利上昇が米国債金利の急上昇に波及する
可能性がある。
このところ金融機関の間では、短期預金による調達、国債・MBS など長期資産運用によっ
て得られる利ざやから収益を得るいわゆるキャリー・ポジションが拡大しているため、金利
リスクに対するエクスポージャーが高まっているが、MBS のコンベクシティ・リスクはこう
したポジションの金利リスクを増幅させる。地政学的なリスクの後退や世界経済の回復に
伴って、金利が予想外に上昇すれば、MBS や米国債のキャリー・ポジションの解消が急増し
て金利上昇が加速するリスクが高い。そうなれば、大量にこれらの資産を保有している金融
機関に多額の損失が発生することになる。
住宅金融専業の GSE であるファニーメイ(連邦抵当金庫)やフレディマック(連邦住宅貸
付抵当公社)は、MBS の最大の発行体であると同時に最大の保有者でもあるため、「報告」
では住宅関連 GSE を名指ししてその金利リスクに警鐘を鳴らしている。住宅関連 GSE はデリ
バティブを活用してリスクヘッジを図っているほか、金利変動に対するストレス・テストも
定期的に実施していることから、リスク管理に問題はないとされている。しかしながら、1
兆ドルを超える MBS を保有する住宅関連 GSE が想定外の金利変動に直面すれば、GSE 本体の
みならず金融市場の安定性にも深刻な結果をもたらす可能性が指摘されている。
風当たり強まる住宅関連 GSE
こうした住宅関連 GSE のリスクに懸念を表明しているのは、IMF だけではない。民間企業
であるにもかかわらず財務省の信用保証枠(22.5 億ドル)を始めとする優遇措置を付与され
ていることが、リスク資産保有の拡大やモラルハザードにつながっているといった批判は従
6
図表3は 02 年末の数値。MBS のしくみや市場規模については、「米国モーゲージ市場の動向」(みずほリポー
ト、2002 年 11 月 20 日発行)を参照されたい。
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来から根強かった。ブッシュ政権が今年 2 月に発表した 04 年度予算教書では、住宅関連 GSE
のリスク・エクスポージャーとその管理能力をチェックするため、02 年の 10∼12 月期から
ようやく発表され始めたリスクを加味した自己資本比率に着目する必要性を指摘するととも
に、優遇措置を利用して自らの収益極大化を図るのではなく、中・低所得層の住宅促進とい
う本来の存在目的に立ち返ることを求めている。また、プール・セントルイス連銀総裁も、
住宅関連 GSE は過小資本の状況(自己資本比率基準は現状 2.5%)にあるため予期せぬショ
ックに脆弱であり、そのプレゼンスの大きさから見てショック発生時の金融市場への影響は
深刻であるとし、財務省の信用保証枠の撤廃、資本の増強などを要請(3 月 10 日の講演およ
び 3 月 12 日付け Wall Street Journal への寄稿)している。また、MBS や GSE の資金調達手
段である GSE 債は FRB の公開市場操作の対象資産だが、量的緩和のツールを分析した FRB ス
タ ッ フ に よ る 論 文 ( ” Alternative Instruments for Open Market and Discount Window
Operations”、02 年 12 月発表)では、ファニーメイ、フレディマックが発行する MBS や GSE
債の購入はシステミック・リスクを増幅しかねないとして、両者の肥大化への懸念をにじま
せている。
バブル崩壊の影響は住宅が株式を上回る
住宅関連 GSE は、モーゲージの円滑な資金供給にとって不可欠な存在となっており、仮に
金利リスクの顕在化により機能不全に陥るようなことがあれば、モーゲージ市場での信用収
縮が起こり、住宅市場の急激な冷え込みをもたらす可能性がある。IMF は、マクロ経済への
影響という観点からも住宅市場の動向を注視しており、4 月に発表した「世界経済見通し」
の第 2 章で「バブルが崩壊したとき」を取り上げている。ここでは、戦後の先進国における
住宅および株式バブルとその崩壊を分析した結果、住宅バブル崩壊のダメージは株式バブル
以上に大きいとの結論が導き出されている(図表4)。これは、①個人消費への資産効果、
②不動産融資を通じた銀行シス
テムへの影響、③蓄積された不
図表4 株価と住宅価格のバブル崩壊パターン
均衡の調整圧力の大きさ、④他
の資産の価格低下への波及度合
い、のいずれもが住宅では株式
を上回るためで、GDP の押し下げ
は 2 倍に達するとされている。
また、「多くの国でみられる住
宅価格の上昇はブームの領域に
バブル崩壊周期
崩壊確率
価格下落幅
下落期間
GDPへの影響(注)
金融システムとの関連
株価
13年
25%
▲45%
2.5年
▲4%
直接金融で影響大
住宅価格
20年
40%
▲30%
4年
▲8%
間接金融で影響大
(注)崩壊前後3年の水準比較。
(出所)IMF,"World Economic Outlook",Apr. 2003よりみずほ総研作成
達しており、かつブームの 4 割
は崩壊してきた」として、住宅バブルの崩壊確率の高さに注意を喚起している。今回の「見
通し」は、特定国での差し迫った危機を警告しているわけではないが、IMF のロゴフ調査部
長は「米国の住宅価格は 90 年代半ばからインフレ調整後ベースで 28%上昇しており、IMF が
定義する『40%程度の確率で崩壊する可能性があるブーム』の基準を上回っている」と述べ
ている(4 月 4 日付け Wall Street Journal)。
イラク攻撃を巡る不透明感が後退し、歴史的な低金利環境が転換点を迎えるとき、米国住
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宅市場は、そして米国経済は金利上昇に耐えることが出来るのか。金利が上昇に向かうよう
な状況では、雇用・所得環境などファンダメンタルズも好転しており、問題ないと指摘する
楽観派も存在するが、金融機関のポジション調整などを通じてファンダメンタルズとかい離
した金利上昇が発生するリスクもあり、米国経済の回復は一筋縄ではいかないと見ておいた
方がよさそうだ。
(国際調査部
主任研究員
西川 珠子
e-mail:[email protected])
米議会予算局試算発表(2002.3.25)
ダイナミック・スコアリングは「期待はずれ」?
減税を中心とする経済対策の実現を目指すブッシュ政権は、「減税による経済成長率の引
き上げ効果は税収増を通じて財政健全化に資する」と主張してきた。しかし、先頃発表され
た議会予算局(CBO)の試算は、ブッシュ政権にとって「期待はずれ」の結果に終わった。
減税の増収効果
ブッシュ政権が提唱する経済対策に対する批判の一つは、苦境にたつ財政状況をさらに悪
化させるというものである。これに対してブッシュ政権は、「経済対策は新たな成長を生み
出すため、課税ベースの拡大を通じて最終的には税収を増やす(チェイニー副大統領)」な
どと、成長促進を通じた税収増効果を強調してきた。
議会共和党も、こうしたブッシュ政権の主張をサポートしてきた。財政見通しや減税法案
のコスト試算を実施する際に、税制の変更による経済成長率の変化などを通じた税収の変化
までをも見込んだ試算を行う手法をダイナミック・スコアリングと呼ぶが、議会向けに財政
見通しを作成する議会予算局(CBO)や税制変更法案のコスト試算を行なう議会合同税制
委員会(JCT)では、これまでダイナミック・スコアリングを採用してこなかった。そこ
で議会共和党では、CBOやJCTにダイナミック・スコアリングを採用させるよう働きか
けを強めていたのである。今年に入ってからも、米下院では税制変更法案を審議する際にJ
CTにダイナミック・スコアリングを利用した試算を行うよう義務づける新規則が採択され
ているし、任期切れによって交代したCBO新局長には、ダイナミック・スコアリングの支
持者とされるホルツ・イーキィン氏の就任が認められた。
CBOによる試算結果
こうしたなかで 3 月 25 日にCBOは、ブッシュ政権の 2004 年度予算教書について、ダイ
ナミック・スコアリングを使った分析結果を発表した。この報告書はCBOがダイナミック・
スコアリングを大々的に利用した最初のケースであり、大きな注目を集めた。
同報告書は、ブッシュ政権の 2004 年度予算教書が財政に与える影響について、ダイナミッ
ク・スコアリングを利用した試算を、5 つのモデルと複数の前提条件によって9通り行った
が、その結果は、「(ダイナミック・スコアリングを利用しなかった場合と比較して)収支
が良くなる場合もあれば悪くなる場合もある」というものであった。
ダイナミック・スコアリングを利用しない従来の試算方法によれば、ブッシュ政権の 2004
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年度予算教書に含まれた政策提案(経済対策を含む)の費用は、2004∼2008 年度の 5 年間で
8,020 億ドルである。これに対しダイナミック・スコアリングを利用した場合のコストは 5,710
億ドル∼8,800 億ドルという試算結果が示されており、ダイナミック・スコアリングを利用し
なかった場合と比較すると約 29%のコスト減から約 10%のコスト増という幅のある結果と
なった。CBOでは、「ブッシュ政権の提案が財政に与える影響はプラスにもマイナスにもな
り得るが、いずれにしても劇的な影響が生ずるとは考えにくい」と総括しており、ブッシュ政
権が主張してきたような「経済対策による税収増効果」は明白には示されなかったのである。
一筋縄ではいかないダイナミック・スコアリング
実は試算の細部でも、ブッシュ政権にとっては扱いにくい結果がでている。ブッシュ政権
は財政健全化には増税よりも歳出抑制が大切だと主張しているが、今回の試算では、将来的
な財政赤字のファイナンス方法としては、歳出削減よりも増税を想定した方が成長率引き上
げ効果は大きく出るとの結果がでている。これは、将来的に増税が見込まれた方が、足元で
は納税者の勤労インセンティブが働くという論理によるものだ。
ダイナミック・スコアリングの手法は、前提条件の置き方によって結果が大きく変わって
しまう等の問題点がかねてから指摘されており、政策決定に全面的に利用するには時期尚早
との意見も少なくなかった。今回CBOが敢えて幅のある試算結果を発表したことによって、
改めてダイナミック・スコアリングの複雑さが示されたといえよう。
ブッシュ政権には、CBOとは違う前提条件を置くことなどによって「都合の良い」試算
結果を示すという選択肢も残されてはいるが、客観的な予測を行うとの評価があるCBOに
よるお墨付きを得られなかったことは、大きな誤算だったといえるであろう。
(ニューヨーク事務所
主任研究員
安井 明彦
e-mail:[email protected])
米国 CRA にみる「リレーションシップバンキング強化策」の功罪
融資の量的拡大と健全性・収益性とのトレードオフ
わが国中小企業や地域産業の疲弊感が強まるなか、米国 CRA(Community Reinvestment Act
of 1977, 地域再投資法)に対する関心が高まりつつある。例えば、3 月 28 日に金融庁が発表
した「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」では、中
小・地域金融機関に対する監督において「地域貢献」を評価のポイントに加えるとしており、
米国 CRA との類似性が窺える。
米国 CRA の概要
CRA は、預金取扱金融機関(商業銀行および貯蓄金融機関、以下では「金融機関」と略す)
に、営業基盤とする地域において公平な信用供与を行なうことを求めた法律である。もとも
とは「redlining」と呼ばれる住宅ローンに関する人種差別問題(金融機関がマイノリティ人
種や低所得者層の居住地域に赤線を付して取引を回避していた問題)への対応を念頭におい
た法律であったが、現在では、地域開発・地域の中小企業向け貸出促進策の色彩が強くなっ
ている。また、金融機関が低所得者層居住地域を含むすべての地域社会の資金ニーズに安全
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かつ健全に対応するよう、監督当局に検査権限等を行使することを求めている。
具体的には、監督当局は、1∼2 年ごとに実施する CRA 検査において、金融機関が経営の健
全性を損なうことなく地域の資金ニーズに応えているかどうかを評価し、合併・買収や支店
の開設等の認可に際して検査結果を利用することになっている。検査結果は、「優
(outstanding)」「良(satisfactory)」「要改善(need to improve)」「不可(substantial
noncompliance)」の 4 段階で格付けされ、支店開設等に際して不利益を蒙らないためには、
概して「良」以上の格付が必要とされる。また検査項目は、「貸出テスト」(住宅ローンや小
口事業貸出の金額、件数、地理的な分布状況や貸出総額に占める比率等)「投資テスト」(地
域振興プロジェクトへの出資や寄付等)「サービステスト」(支店の設置状況や ATM 等の支店
代替サービスの内容等)の 3 項目からなるが、格付にあたっては貸出テストの比重が高くなっ
ており、とりわけ低所得者向け貸出や中小企業向け貸出の比率に重点がおかれている。
相反する評価
CRA の功罪をめぐって米国では活発な議論が展開されており、最近では、銀行・証券・保
険の垣根を取り払ったグラム=リーチ=ブライリー法(1999 年)審議時に、CRA の改正が最
大の争点となった。
CRA を肯定的に評価する論者は、マイノリティ人種や低所得者層に対する「差別」や「情
報の外部性」(審査等を通じて得た借り手のリスク等に関する情報は、貸出を行なうことを
通じて他の金融機関にも部分的に伝わるため、当該金融機関は情報生産活動に伴う便益をフ
ルに享受できないという問題)に起因した「市場の失敗」により、低所得者向け貸出等が過
少投資状態に陥っていると考えている。彼らは、CRA を通じて民間金融機関に融資を促すこ
とで、借り手の経済厚生が改善するとともに、新たなビジネス機会の創出を後押しして金融
機関の収益増大にもつながると評価している。これに対して CRA に否定的な論者は、低所得
者層向け貸出比率の低さは、所得水準が低いことや担保となる金融資産が乏しいことによる
借入需要の弱さに起因したものであり、CRA は、不採算な貸出やハイリスクの貸出を増加さ
せて金融機関経営を圧迫するとともに、実体経済における非効率な投資活動を促して経済の
資源配分に歪みをもたらすと批判している。
こうした 2 つの相反する見方のどちらが妥当かをめぐり、米国では多くの理論的・実証的
研究が積み重ねられてきた。ただし、実証結果についてコンセンサスが得られているとは言
い難く、また分析上の問題点も多く残されていることから、明確な政策的インプリケーショ
ンを導くには至っていないのが現状である。
融資の量的拡大と健全性・収益性とのトレードオフ
CRA をめぐる実証研究は、最近では金融機関経営に及ぼす影響に焦点をあてたものが中心
となっている。以下では、これらのうち CRA の政策意義を批判的に検討している連銀エコノ
ミストの研究を紹介したい。
先述のように、CRA は銀行経営の健全性を損なうことなく地域の資金ニーズに応えるよう
求めている。しかし、実際には、CRA 格付改善のために無理に融資を拡大した結果、その質
が劣化しているのではないかとの懸念がつとに指摘されてきた。
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ダラス連銀の Gunther(2002) 7は、CRA 格付のデータと、銀行経営の健全性をチェックする
CAMEL 評定(5 段階の格付)8のデータを用いて、こうした懸念が現実のものとなっている可
能性が高いことを示している。即ち、プロビット分析と呼ばれる計量分析手法に基づき、①
CRA 格付改善のために融資を拡大すると CAMEL 評定結果が悪化する傾向がある(融資の量的
拡大と健全性の間にトレードオフ関係が存在する)、②資産の質に問題が生じた銀行が、既
存融資の立て直しに経営資源を割いて新規融資を抑制する場合でも、規制当局は銀行の CRA
関連活動が不十分と評価しがちである、③CRA 格付改善のために低所得者向け貸出に注力す
ると CAMEL 評定結果が悪化する傾向がある、との結果を得ている。
また、CRA によって不採算貸出が生じ、金融機関の収益が圧迫されているのではないかと
の懸念をめぐっては、FRB(2000) 9が包括的なサーベイ調査を行なっている(ヒアリング対象
は金融機関)。同調査によれば、例えば CRA 関連貸出のなかで大きなウェイトを占める住宅
ローンについて、8 割以上の金融機関が絶対的な意味では収益をあげている(ROE>0)と答
える一方で、通常の非 CRA 関連貸出と比較した相対的な収益性が劣っている(CRA 関連貸出
の ROE<非 CRA 関連貸出の ROE)と答える企業も 4 割以上にのぼっている(次頁、図表5)。
リッチモンド連銀の Lacy and Walter(2002) 10は、①規範的な立場から重要なのは CRA によっ
て追加的に創出された「限界」貸出の収益性である一方、FRB(2000)が対象としているのは「平
均」収益であること(CRA による限界貸出の収益がマイナスでも、他の貸出の限界収益がプラ
スであれば平均収益はプラスになりうる)、②同調査で『相対的な収益性が劣る』との回答が
多いこと、の 2 点から、CRA が金融機関に対する「課税」として機能していると推測している。
Gunther, Jeffery W., “Safety and Soundness and the CRA: Is There a Conflict?” Economic Inquiry,
40(3), July 2002.
8
CAMEL 評定は「capital adequacy (C)」「asset quality (A)」「management (M)」「earnings (E)」
「liquidity (L)」の 5 つの要素から構成されており、97 年以降はこれに「sensitivity to market risk
(S)」という 6 つ目の要素が加わっている(CAMELS)。
9
Board of Governors of the Federal Reserve System, “The Performance and Profitability of
CRA-Related Lending,” Paper submitted to the Congress pursuant to section 713 of the
Gramm-Leach-Bliley Act of 1999, July 17, 2000.
7
10
Lacy, Robert L. and John R. Walter, “What Can Price Theory Say about the Community Reinvestment Act?”
FRB of Richmond, Economic Quarterly, 88(2), Spring 2002.
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<図表5
CRA 貸出の収益性(住宅ローン)>
絶対的な収益性
収益は
ほぼゼロ
3%
やや
不採算
7%
相対的な収益性
不採算
8%
やや
収益をあげている
32%
19
収益性劣る
25
やや収益性劣る
収益をあげている
50%
56
同程度
やや収益性高い
0
収益性高い
0
0
10
20
30
40
50
60 (%)
(注) 金融機関数ベース。
(資料) FRB (2000)により作成
もちろん、こうした CRA に批判的な見方に対しては多くの反論も寄せられている。例えば
FRB の Canner, Laderman, Lehnet, and Passmore(2002) 11は、融資の収益性をみるうえでは
借り手の属性に応じた需要構造の違いにも留意すべきだと指摘したうえで、借り手の所得水
準や信用リスクを調整した貸出スプレッドの推計値は、CRA 関連貸出とそれ以外の貸出とで
有意な差は見出せないと主張している。
安易な「貸し渋り」対策は禁物
わが国では、中小企業や地場産業への「貸し渋り」対策的な発想に基づき日本版 CRA の導
入を求める声が強いように見受けられる。しかし、上述の諸研究が示唆するように、そうし
た政策対応には、融資の質的劣化によって不良債権問題を悪化させたり、「信用リスクに基
づく貸出金利設定」を標榜する現下のわが国金融機関に量的な制約を課すことで、銀行経営
を大きく歪めたりする恐れがあることに注意すべきであろう。地域金融・中小企業金融対策
を講じるのであれば、どのような属性の借り手がどういった形態の「市場の失敗」により過
少融資問題に直面しているのか、また、仮に「市場の失敗」が存在すると認められるのであ
れば、借り手に対する直接的な所得補助よりも CRA のような民間金融機関を通じた政策対応
が望ましいのはなぜか、といった地道な議論をまず積み重ねる必要があると思われる。
(政策調査部
主任研究員
小野 有人 e-mail:[email protected])
11
Canner, Glenn B., Elizabeth Laderman, Andreas Lehnert, and Wayne Passmore, “Does the CRA
Cause Banks to Provide a Subsidy to Some Mortgage Borrowers?” Board of Governors of the Federal
Reserve System, Finance and Economics Discussion Series, 2002-19, April 2002.
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〒100-0004
東京都千代田区大手町一丁目5番地5号
みずほ総合研究所
電
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FAX:03−3240−8213
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