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オバマ米新大統領と湾岸アラブ諸国

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オバマ米新大統領と湾岸アラブ諸国
オバマ米新大統領と湾岸アラブ諸国
期待と注文
!三井物産戦略研究所
研究フェロー
"日本エネルギー経済研究所
榊
1.オバマ米新大統領への期待
客員研究員
原
櫻
活的に重要である。これら諸国の関心はこれを
湾岸アラブ諸国では,米国のバラク・オバマ
正常なものに戻すことにあった。
第4
4代大統領に対する期待が大きく広がってい
ブッシュ以外ならだれでもいい。次の大統領
る。
がだれであろうと,良い関係を築けるだろう。
就任式の行われた本年1月2
0日に筆者が滞在
ブッシュよ,早く辞めてくれというのが,湾岸
していたサウジアラビアでも,新大統領への期
アラブ諸国の空気だった。前政権が退場したこ
待感があふれていた。これは,ブッシュ前大統
とについての安堵感と,政策変更・閉塞感の打
領の不人気の裏返しでもある。ブッシュ前政権
破への願望がミックスされ,新政権への期待が
の中東に残したマイナス・傷はあまりにも大き
膨らんでいたのである。
く,この政権が続く間,時間はむなしく経過し
2.サウジ人と見た就任式テレビ中継
た。前政権は発足時には,ブッシュ(父)元大
統領が湾岸戦争で築いたイメージと,共和党は
就任式は全世界にテレビ中継された。筆者は,
民主党よりもイスラエル寄りではないとの一般
就任式の模様をある有力部族の友人に誘われリ
的な理解から,アラブ諸国,とくにサウジアラ
ヤド郊外のストラーハ,あるいはマジュリスと
ビアなど湾岸諸国には歓迎のムードがあった。
呼ばれる部族の集会のための建物で見た。部族
しかしふたを開けてみると前政権の政策は,い
の人達,十数人が一緒で外国人は筆者だけだっ
わゆるネオコンに牛耳られたものであった。あ
た。我々が見たのは,CNN つまり英語放送だっ
まりにも中東の実情を無視し,教条的な考え方
た。英語のあまり得意でない人には,米国留学
を基本にするものでもあった。前大統領の善悪
帰りがアラビア語に訳して解説していた。ちな
二元論,二項対立的な姿勢はマイナスの効果を
みに,この建物は遊牧民のテントを模して沙漠
生んだ。
に建てられたもので,発電装置を備え,真ん中
中東和平などすべての問題が停滞し,イラク,
には大きな木炭の暖炉が置かれていた。就任式
アフガニスタン,レバノン,イランなどに見ら
の始まりは,サウジ時間では夜8時からだった
れるように中東には混乱だけが残った。そして
ので,日本の午前2時からと比べると見る側に
その結果,歴史的に良好だった米国と湾岸アラ
とっては好都合だった。テントを模した建物の
ブ諸国の関係が,ブッシュ時代に非常におかし
中には期待感が満ちていた。ブッシュ前大統領
なものになった。サウジアラビアなど湾岸アラ
がヘリコプターでホワイトハウスを去るシーン
ブ諸国にとって米国との関係は安全保障上,死
には,ようやく終わったという感じがこもった
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"テロに対峙し勝利する決意を示し
バイバイという声が聞かれた。
宣誓で「バラク・
明にした
フセイン・オバマ」と言った際には,小さなど
た
よめきがおきた。サウジ人の大きな関心の一つ
示した
が,ミドル・ネームをイニシャルの H だけで呼
力や外交交渉などが重要であるとした,と高く
ぶか,それともフセインと言うかであったので
評価した。
ある。
#単独行動主義はとらず同盟重視の姿勢を
$軍事力だけでは安全を守れず文化の
多くの新聞の見出しは,
「バラク・フセイン・
オバマ」となっており,ミドル・ネームの「フ
3.就任演説のポイント
セイン」をことさら強調しているかのように思
就任演説における中東,イスラムについての
われた。前夜の体験とあわせアラブ人のやや誇
ポイントは次の通りである。
らしげな,そして今後に期待する感じがうかが
われた。
!
"
防衛については,安全か理想かの二者択一
なお,新大統領就任を受けて,サウジ政府高
は誤りである。法の支配と人権を理想とす
官も新しい世界が始まることへの期待を口にし
ることを便宜上の理由で手放すことはな
ていた。サウジの「本流中の本流」ともいうべ
い。
き有力部族や政府高官の間でもブッシュ前大統
米国はすべての国の友人であり,平和と尊
領に対する評価が厳しかったことを感じさせた
厳のある未来を求めるすべての人達の友人
のである。
である。そして,再び主導的役割を果たす
5.最初のインタビューはサウジ系テレビ局
用意がある。
#
$
%
軍事力だけでは安全は守れない。同盟と信
1月2
6日,オバマ大統領は,大統領就任以来
念が必要である。
最初の単独インタビューをサウジ資本でドバ
責任ある形でイラクをイラク国民に委ね
イ・ベースのテレビ局,アル・アラビーヤと行
る。アフガニスタンに平和を構築する。
った。その中での大統領の発言の主な点は以下
テロリストには,私たちの意志をくじくこ
の通りである。
とはできず,勝つのは私たちだと言ってお
!
く。
&
米国は,キリスト教徒,イスラム教徒,ユ
にきちんと取り組むことである。
"
ダヤ教徒,ヒンズー教徒,そして無宗教の
'
米国にとって最も大事なことは,中東和平
ミッチェル中東担当特使はその任に堪えう
人々で構成されている。
る適材である。中東への派遣は中東和平に
イスラム世界に対しては,相互の利益と尊
直ちに取り組むことを示すものである。
#
敬に基づく新たな道を模索していく。
同特使には,これまでのように米国の考え
を押し付けるのではなく,イスラエル,パ
4.サウジ紙の報道
レスチナおよび関係国の意見をよく聞くこ
就任式の翌日,1月2
1日のサウジ紙は,揃っ
とから始めるよう命じた。
$
てトップでオバマ新大統領の就任式の模様を報
じた。
アブダッラー・サウジ国王の和平提案を評
価している。
%
就任演説についてサウジ紙は,!前政権の米
国式の民主主義を押し付ける路線との違いを鮮
中東和平問題を考えるには,シリア,イラ
ン,レバノン,アフガニスタン,パキスタ
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#
$
%
ン問題を切り離すことはできない。
に生まれたことで本人自身がアラブ系と言って
米国とイスラエルは強固な同盟関係にあ
いる。1
9
3
3年8月生まれの7
5歳。
り,イスラエルの安全は重要である。イス
なお,昨年1
1月の大統領に当選を決めた段階
ラエルにも平和が重要と認識している人た
で,指名されたラーム・エマニュエル首席補佐
ちがいる。双方が真剣なら譲歩があるだろ
官(1
9
5
9年1
1月生まれ,
4
8歳)はユダヤ系であり
う。
米国とイスラエルの二重国籍である。同首席補
自分にはイスラム教徒の親族がいる。そし
佐官はクリントン政権時代にホワイトハウスの
て世界最大のイスラム国,インドネシアで
スタッフとしてパレスチナ暫定自治合意(オス
暮らしたことがある。
ロ合意)にかかわり中東和平への意欲が強いと
信仰する宗教にかかわらず,人々は同じ希
される。2
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0
2年から下院議員に連続して当選し
望と夢を持っている。自分の仕事は,イス
ている。同じシカゴを地盤としていることから
ラム世界は純粋に自分の人生を生き,子ど
オバマ大統領と親しい。民主党にはもともとユ
もたちがより良い生活ができるよう願って
ダヤ系が多く,この任用は同氏がユダヤ系であ
いる素晴らしい人々であふれているという
るために行われたとはみなされていない。
ことを米国民に知らせること,そして米国
大統領は,1月2
3日にはアブダッラー・サウ
民は敵ではないということをイスラム世界
ジ国王に電話し,2国間関係と中東和平を含む
に知らせることである。
地域情勢について話し合っている。
なお,ミッチェル特使は1月2
6日夜米国を出
ちなみに湾岸アラブ諸国では,アル・アラ
発しエジプト,イスラエル,パレスチナ自治区,
ビーヤは,先発で世界的に有名なアル・ジャ
ヨルダン,サウジアラビア,英国,フランスを
ジーラよりも,レベルの高いインテリ視聴者が
訪問したが,これは中東和平にオバマ政権が政
見るチャンネルと言われている。
権発足直後から着手したことを示すものとして
関係国から評価されている。
6.新大統領の中東和平への取り組み
オバマ大統領は,このインタビューに先立ち,
7.サウジアラビアの評価
1月2
1日,パレスチナのアッバス自治政府大統
このようなオバマ大統領の姿勢については,
領,ムバラク・エジプト大統領,オルメルト・
サウード・サウジアラビア外相が,大統領は強
イスラエル首相,アブダッラー・ヨルダン国王
固で建設的な関係をイスラム世界との間に築
に電話し,中東和平問題について話し合ってい
き,地域問題を解決したいとの強い意欲を示し
る。
たとして評価,歓迎するなど,湾岸アラブ諸国
1月2
2日にはジョージ・ミッチェル元民主党
では,現在までのところおおむね好意的に受け
上院院内総務を中東担当特使に任命した。同氏
止められている。
は1
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9
5年北アイルランドに特使として派遣さ
しかし,一方,サウード外相の弟のトルキ・
れ,9
8年の英国とアイルランドの和平合意につ
ファイサル前駐米大使・前情報局長官は,英国
ながる交渉で中心的な役割を果たした。2
0
0
0年
紙に寄せた論文で,!ブッシュ前政権は中東に
にはイスラエルとパレスチナの和平プロセス再
忌まわしい遺産を残した
開についての国際委員会の委員長を務めた。ア
ル紛争に関してアメリカの方向性に目覚ましい
イルランド系の父親とレバノン出身の母親の間
変化が起きなければ,サウジアラビアと米国の
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0
"アラブ・イスラエ
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間の特別な関係は脅かされ,アメリカが中東に
協調しあるいは封じ込めることによって脅威で
おける平和的解決を見出すための支援をサウジ
なくなるようにしたいと考えてきた。その立場
!米国が引き
からはオバマ政権の姿勢はアラブ諸国にとって
続き中東で指導的役割を果たし,サウジアラビ
好ましいものと映っている。イランを甘やかす
アとの戦略的同盟を維持したいのであれば,イ
ことなく押さえ込むことを米国に期待している
スラエルとパレスチナに対する政策を効果的な
のである。
アラビアは放棄せざるを得ない
形で変更する必要がある
"新たなパレスチナ
9.湾岸アラブ指導層は今後を注視
人虐殺や彼らがこれ以上苦しむのを阻止するた
めに必要な措置をアメリカがとるまでは,和平
このようにオバマ政権に対する期待は,湾岸
問題だけでなく中東地域もサウジアラビア・米
アラブ諸国では高い。しかし指導層は米新政権
#アブダッラー国王
の最優先課題が低迷している米国内経済の再生
の和平提案は,パレスチナ,イスラエルの双方
であることを承知している。また民主党にユダ
に譲歩を求めるものである。そしてそれこそが
ヤ系が多いことも認識している。期待値が高す
国関係も危機の中にある
$サウジア
ぎると成果があがらない時の失望感も大きくな
ラビアの忍耐は日ごとに限界に近づいている,
る。地域の状況が困難さを増していることも否
とオバマ政権に注文をつけている。
定できない。
米新政権が尽力すべきことである
また,サウジ有力紙にも,オバマ大統領の演
湾岸アラブ諸国は,米前政権の残した傷の修
説やインタビューに勇気づけられた人が多いと
復を強く望んでいる。しかし新政権の発足直後
しながらも,イスラエルによるガザ地区攻撃で
の現時点では,エールを送りつつも過大な期待
多くの婦女子を含む一般市民が犠牲になった後
はせず,また注文をつけながら,成り行きを見
にもかかわらず,イスラエルと米国は強い同盟
守っている状況にある。
関係にあると改めて明言していることを問題視
(参考)
し,イスラエルとパレスチナの両方に公正かつ
公平な対応を求める論調が見られる。
大統領就任演説の中東とイスラムに関する部
分(在日米大使館仮訳)
8.対イランの姿勢にも変化
オバマ政権はイランにも柔軟姿勢で臨むよう
「防衛については,安全と理想の間の二者択一
に見える。双方が話し合い開始に向けて,秋波
を誤りとして拒絶します。建国の父たちは,私
を送りあっている。ブッシュ前政権はイランの
たちが想像もできないような危険に直面しなが
核兵器開発疑惑を大きく取り上げ,
「武力行使も
ら,法の支配と人権を保障する憲章を起草しま
辞さず」との強硬姿勢をとり続けていた。もと
した。そしてこの憲章は,その後いくつもの世
もとアラブ諸国はイランを脅威と考えてきた上
代が血を流しながら拡充してきました。こうし
に,イランが核の平和利用を強調しても,軍事
た理想は今も世界を照らしており,便宜上の理
転用の意図があると疑っている。核の有無にか
由でこれを手放すことはありません」
かわらずイランの脅威を感じているのは,イス
ラエルだけではない。アラブ諸国も同様である。
「今日この式典を見ている他国の国民や政府
ただ,アラブ諸国は,ブッシュ前政権の強硬手
にこう伝えたいと思います。米国はそれぞれの
段を取りかねない姿勢を危険と考え,イランと
国の友人であり,平和と尊厳のある未来を求め
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るすべての男性,女性,子供の友人であること
によって自分たちの目的を遂げようとする者た
を。そして,再び主導的役割を果たす用意があ
ちには,こう言っておきます。私たちの意志の
ることを」
方が強く,これをくじくことはできません。生
き残るのは私たちです。勝つのは私たちです」
「先人たちが,ミサイルや戦車だけでなく,確
「私たちの国は,キリスト教徒,
イスラム教徒,
固たる同盟と揺るぎない信念も武器にして,フ
ァシズムや共産主義に立ち向かったことを思い
ユダヤ教徒,ヒンズー教徒,
そして無宗教の人々
起こしましょう。彼らは,軍事力だけでは自分
で構成されています。世界各地から集まったあ
たちを守れないことも,軍事力が好きなように
らゆる言語と文化で形作られています」
振る舞う資格を与えるわけではないことも理解
していました。その代わりに,先人たちは,軍
「イスラム世界に対しては,私たちは相互の利
事力は慎重に使うことで力が増すこと,私たち
益と尊敬に基づく新たな道を模索していきま
の安全は,私たちの大義の正当性や模範を示す
す。紛争の種をまき,自らの社会の悪を西洋の
力,そして謙虚さや自制心といった気質から生
せいにする世界中の指導者たちは,国民は,あ
まれることを知っていました」
なたが壊すものではなく,あなたが築くことが
できるものによってあなたを判断する,という
「私たちは責任ある形でイラクをイラク国民
ことを知るべきです。腐敗,偽り,そして異論
に委ねる手続きを開始し,苦労はするでしょう
を封じることによって権力にしがみつく者たち
が,アフガニスタンに平和を構築します」
は,自分たちが歴史の誤った側にいること,そ
して握ったそのこぶしを開くのならば,私たち
「テロを引き起こし,罪のない人々を殺すこと
が手を差し伸べることを知るべきです」
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