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07-2. 物権変動(その2・公信の原則)
京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料 07-2. 物権変動(その2・公信の原則) 2007年5月23日講義予定 1. 動産の即時取得 (1) 即時取得(192-194条)の必要性 →レジュメ07-1Case5も参照 即時取得(善意取得):無権利で動産を占有している者を正当な権利者と誤信して取引した者が、その動産 について完全な権利を取得すること。これに伴って真の所有権者は、その権利を失うこととなる。 即時取得制度の必要性: ①動産物権変動における対抗要件制度のもつ問題点:公示力が不十分 →レジュメ07-1Case5も参照 対抗要件を備えても外観上権利移転があったことが明確にならない場合がある(ex. 引渡しは現実の引渡 しに限らず、占有改定のような方法もある) =第二買受人は、すでに対抗要件を備えた第一買受人がいることを知らずに取引関係に入ってしまう危 険がある ②動産取引における取引保護の必要性の強さ 不動産に比べて迅速かつ頻繁に取引が現実に行われているし、その流通の容易さを確保する必要がある =動産を占有している者を真の権利者と信じることが許されなければ、買主となろうとする者は、権利 関係についての慎重な調査をするか、取引をあきらめるかするしか選択肢がなくなるが、それでは動 産の円滑な流通が阻害されてしまう Case1 即時取得の必要性 A宅を訪れたCは、Aの家におかれていたパソコン甲に興味を持ち、5万円で譲ってもらう契約を結んで、 代金を払った上で自宅に持ち帰った。しばらくしてから、BがCのもとを訪れ、甲は自分が買った者である から返還してほしい、CがAに払った代金はAに対して債務不履行責任を追及することで取り戻してほしい といってきた。 Cが、現実の引渡しを受けたのは自分でありBは対抗要件を備えていないのではないかと主張すると、B はAが作成したとする「預かり証」を示し、「自分は占有改定によって対抗要件を備えていた」と主張し た。預かり証の日付は、Cが甲を購入する1か月ほど前の日付であった。 この場合、Cが甲を購入した時点での真の所有者はAではなくBであったこととなり、Cは無権利者から 購入したこととなるが、即時取得の要件を満たしていれば、Cは甲の所有権を取得できる。 即時取得の要件・効果(192条): • 要件:①取引行為によって、②平穏に、かつ、公然と③動産の④占有を始めた者は、⑤善意であり、 かつ、過失がないときは、 さらに目的物が盗品・遺失物であった場合の特則が193・194条にある。 • 効果:即時にその動産について行使する権利を取得する( 所有権を取得する) (2) 即時取得の要件 ✦要件①取引行為による取得 取引行為:ここでは要するに、動産の前主との間で、動産の取得を目的とした契約を結ぶ行為をさす。 • 取引行為による取得に限られる理由:即時取得制度は、動産取引の円滑を趣旨として定められた制度 であるので、取引行為による取得のみが保護の対象となる(平成16年改正以前は明文の規定がなかっ たが解釈上一致して認められていた) • 取引行為が有効であることの必要性:取引自体は有効なものであることが必要である。即時取得制度 は、相手が無権利者・無権限者であることから取得者を保護するものであるが、取引に無効・取消原 因があること(例えば未成年者との取引であったこと)から取得者を救済することを目的とはしてい ないからである。 事実行為:人の意思に基づかないで法律効果を発生させる行為。事実行為による所有権の取得としては、遺 失物拾得・埋蔵物発見(ただし異論あり)、添付(付合・混和・加工)などがある。 07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 1 京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料 Case2 「取引行為」であるという要件 ①Aは、山林を所有しており、その一部をBに貸している。AもBもミカンを育てていたが、ある日Aは誤っ て、Bが育てていたミカンを収穫してしまった。このときのAのミカンの取得行為は、取引によるもので はなく事実行為であるので、他の要件がととのったとしてもAはミカンを即時取得することはできない。 ②①で、その後AがこのミカンをCに売却した。このときCは、無権利者Aから、 取引行為によって動産を 取得したものであるから、他の要件が満たされる限りミカンを即時取得することができる。Bはミカンの 返還をCに求めることはできない(Bの保護は、誤ってミカンを収穫したAに対する損害賠償の形で図る こととなる)。 売却=取引行為 即時取得の余地がある A 収穫=事実行為 即時取得の余地はない C Case3 「有効な」取引行為であるという要件 ①リサイクルショップを営むAは、Bから、中古のDVD甲を購入した。しかしその後Bは、自分が未成年者 であり親権者の同意を得ていなかったとして、契約を取り消した。この場合Aには、即時取得を理由とし て甲の所有権取得を主張する余地はない。Aが所有権を取得できないのは、Bが無権利・無権限であった からではなく、A‒B間の契約に取消原因があるからであり、即時取得制度によって未成年者保護の趣旨 を潜脱することは許されないからである。 ②①で、その後Aは、事情を知らないCに、甲を売却してしまった。この場合Cは、無権利者であるAから 動産である甲を有効な取引行為によって取得していることになるから、他の要件が満たされる限りで効 を即時取得することができる。 ✦要件②平穏かつ公然の占有開始 平穏 強暴(実力行使により占有を開始すること) 公然 隠避(譲渡人に知られないように占有を開始すること) ただし、いずれも取引行為による占有開始が要件となる即時取得にあっては、問題となること自体が皆無と いってよい ✦要件③動産であること 不動産:土地及びその定着物(86条1項) 動産:不動産以外の物(有体物) ただし、動産ではあっても、登記・登録制度のある動産(ex. 自動車)には、即時取得の適用はない(最 高裁昭和62年4月24日判決・判時1243号24頁)。引渡しよりも公示力の強い対抗要件制度があるからで ある。 Case4 「動産」の取引という要件 ①Aは、Bが所有する山林からミカンを自己の物と誤信して収穫してしまい、これをCに売却した。このと き、Cは即時取得によってミカンの所有権を取得する余地がある(Case2②参照)。 ②Aは、Bが所有する山林のミカンを自己の物と誤信して、まだ収穫前の状態でCに対してこれを売却する とともに、Cからミカンの収穫を依頼された。この場合には、CがAから購入した物は不動産であるの で、即時取得が成立する余地はない。 07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 2 京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料 ✦要件④占有の開始 譲受人が占有改定あるいは指図による占有移転の形で引渡しを受け、占有を開始した場合(=譲受人が間接 占有しか取得していない場合)について議論がある (i) 占有改定による場合 (i-1)即時取得否定説=判例:最高裁昭和35年2月11日判決・民集14巻2号168頁(百選66事件) • 説の内容:譲受人が占有改定を受けているだけでは、譲受人は即時取得することはできない。後に現 実の引渡しを受けて初めて即時取得が成立する。 • 理由: • 動産がまずAに譲渡され、占有改定で引渡しが行われた後、Bに譲渡され占有改定が行われたとい う場合に、譲渡人の手もとでの占有状態に変化がないため、最初の譲受人Aは不当に害される危 険がある。 • またここでは、真の権利者Aを犠牲にする以上、Bもそれに見合うだけの十分な占有を手に入れる べきである。 (i-2)即時取得肯定説 • 説の内容:占有改定であるというだけで即時取得の成立が否定されることはない • 理由:前主の占有状態に対する信頼を保護するという制度趣旨からは、占有取得の方法によって差異 を設ける理由は導かれない (i-3)折衷説(即時取得暫定肯定説) • 説の内容: • 占有改定によって譲受人は一応の所有権取得を果たすが、後に現実の引渡しを受けるまでそれは 確定的なものではなく、真の権利者が先に現実の引渡しを受ければ即時取得によって取得した一 応の所有権は失われる。 • もっとも、占有改定の時点で一応即時取得は成立しているので、善意無過失の要件はこの時点で 判断することとし、現実の引渡しの時点では悪意あるいは善意有過失であってもかまわない。 Case5 占有改定による即時取得 ①Aが所有するパソコン甲をBが購入したが、占有改定による引渡しにとどまっていた。その後Cは、Aが 所持している甲を購入し、自宅に持ち帰った。このとき、他の要件がととのえば即時取得が成立し、Bは Cに対して甲の返還を求められることに問題はない。 ②①において、Cもまた当初は占有改定により甲の引渡しを受けるにとどまっていたとする。このとき、即 時取得を否定する(i-1)説によれば、Cは甲の所有権を取得できない。またその後Cが現実の引渡しを受け たとしても、この現実の引渡しのときに、Aが無権利であることについてCが知っていたら、即時取得は やはり成立しないこととなる(この点で(i-3)説と結論が異なる)。 (ii) 指図による占有移転による場合 判例の立場:判例はこの場合について、即時取得の成立を肯定している(最高裁昭和57年9月7日判決・民 集36巻8号1527頁)。 占有改定による場合と結論を異にする理由:占有改定の場合には、譲渡人と譲受人の間でのみ占有移転が行 われているのに対して、指図による占有移転では譲渡当事者ではない第三者を巻き込んだ占有移転が行 われている。このため、物権移転の公示の信頼性は相対的に見て高いといえる。 Case6 指図による占有移転による即時取得 Aは、Bから預かったダイヤの指輪甲をクリーニングのためCに預けていた。その後、Aは借金の返済に困 るようになってしまったので、甲をDに売却した。AはCに対し、クリーニングが終わったら甲を直接Dに 返還するよう指示した。その後、CからDへと甲が渡される前に、Bが甲の所有権をCに主張した。判例の 立場によれば、この場合に他の要件がととのうのであれば、 指図による占有移転によってすでに即時取得 は成立し、Dが所有権を取得していることとなる。 07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 3 京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料 ✦要件⑤取得者の善意無過失 善意:ある事実(ここでは譲渡人が無権利者であること)について知らずにいること 無過失:善意であることについて、過失がないこと。過失とは、取引上当然に要求される照会や調査をしな かったために、誤った判断に到ったことをさす。 ✦特則:盗品・遺失物の場合の即時取得の制限=真の権利者の回復請求権 真の権利者の回復請求権の要件(193条): • 回復者が盗難又は遺失によって占有を失ったこと(=目的物が盗品又は遺失物であったこと) • 盗難又は遺失の時から2年以内に請求すること 回復請求権の根拠:真の所有者の意思に基づかずにその占有を離れた場合について、真の権利者の利益に一 定程度配慮するため 占有者の保護=代価弁償(194条): 真の権利者は、占有者が、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から 目的物を購入していた場合には、占有者に対して代価を弁償しないと目的物の回復を請求することがで きない 代価弁償制度の根拠:特に信頼のおける相手からの購入については取引保護の必要性が一層高いといえるた め、こうした場合の占有者を厚く保護する必要があるから。 Case6 盗品・遺失物の即時取得 ①Aは、所有していたパソコン甲をBに盗まれた。その後Bは、甲を善意無過失のCに売却した。盗難から 一年半後に、逮捕されたBの供述から、AはCが甲を占有しているのを見つけ、Cに対して甲の返還を請求 した。この場合、盗難から2年以内の請求であるため、Cは甲をAに返還しなければならない。 ②①において、Bが甲を直接Cに売却したのではなく、中古パソコン店のDに甲を売却し、その後善意無過 失のCが甲を購入していたとする。この場合には194条により、AはCに対して、CがDに払った購入代金 を弁償するまでは、Cは甲の返還を拒むことができる。 2. 占有の公信力 公信力:権利関係が存在するかのような外形があるが、真の権利関係はこれと異なっているという場合に、 その外形を信頼して取引をした者に対し,その外形通りの権利関係があったと同様に権利の取得を認め る効力。 即時取得制度との関係:即時取得制度は、Aの占有を信頼してAと取引をした者に対して、たとえAが所有者 ではない場合でも、Aが所有者であったのと同様に権利の取得を認める制度である。すなわち民法は、即 時取得制度を規定することによって、占有に公信力を認めているといえる。 3. 登記には公信力はない これに対して不動産物権変動の対抗要件である登記には公信力は認められていない。ここでは、不動産取引 をめぐる取引の安全(動的安全)よりも、真の権利者の所有権の保護(静的安全)優先されているといえる 登記に公信力を認めない理由: • 不動産は、生活や生産の基礎となる非常に重要な財産であり、権利喪失によって権利者が被る不利益は深 刻なものとなる • 不動産取引は動産取引ほど頻度も高くなく、また不動産は一般に高価であることからして、不動産取引を しようとする者に、登記簿上の情報だけでなく、より慎重に権利関係を調べるよう求めることも不当とは いえない • わが国では登記手続を行う登記官に、真の実体的権利関係に従った登記申請がされているかどうかを審査 する権限が与えられていない(形式審査主義・不動産登記法25条参照)ため、登記が実体的権利関係に合 致することを確保するシステムとなっていない 07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 4 京都産業大学2007年度民法Ⅰ(吉永担当)講義資料 Case7 動産取引と不動産取引における公信力 ①Aは、所有していたパソコン甲をBに盗まれた。その後Bは、甲を善意無過失のCに売却した。このとき (193条の特則により一定の制限はあるものの)Bの占有に対するCの信頼は保護され、Cは即時取得に より甲の所有権を取得する。 ②Dは土地乙を所有していたが、Eが書類を偽造して登記名義をEに移す虚偽の申請をしたために登記名義 を失った。その後Eは、この偽の登記名義を利用して乙をFに売却した。このとき、登記名義がEとなって いたことに対するFの信頼は保護されず、Fは乙の所有権を取得することはない。DはFに対して土地の返 還を請求できる。 事実上の公信力:ただし、判例・通説は民法94条2項を類推適用することによって、一定の例外が認められる事 例において、登記に事実上公信力を与えたのと同じような結論を導いている。これについては、虚偽表示に ついて学習する中で説明する。 Info 不動産取引における登記の公示力と公信力 不動産取引における登記の公示力と公信力については、正しく理解し区別することが必要である。 公示力・公示の原則 公信力・公信の原則 物権などの排他的な権利の変動は,外部か ら認識できる方法(=公示手段)を伴わな ければならないとする原則。 実際には権利が存在しないのに権利が存 在すると思われるような外形的事実(公 示)がある場合に,その外形を信頼し, 権利があると信じて取引をした者を保護 するために,その者のためにその権利が 存在するものとみなす原則。 原則の定義 B 第一譲渡 A D 未 登記 無権利者 E 偽造登記 抹消 登記 譲渡 F イメージ図 登記 第二譲渡 C 登記 Bに移転したという登記がないこと (物権変動の不存在) 信頼の内容 保護される (対抗要件制度・177条、178条) 民法上 この信頼は 保護されるか Eが登記を有しているということ (権利関係の存在) 保護されない(登記に公信力はない) ただし、民法94条2項類推適用により特殊 な場合に例外的にFを保護する 07-2. 物権変動(その2・公信の原則) p. 5